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ケルトに会いたくて
海外へ建築を見に行きたいと思い、ヨーロッパ、アメリカと回ったのが
23
年前。
近代建築にはないヨーロッパの中世古代、「ロマネスク」を見て回ったのが3年程前。何かぼんやりと複雑な民族間の共同体としての建築というものを、そしてギリシャ・ローマとは異質の文化、価値感「ケルト」的なものを強く感じたのも今から思えばその時かもしれない。
2500
年程前、東欧からスペイン、アイルランドにいたる広大な地域に「ケルト」と呼ばれる民族がいた。
渦巻き文様、独特な歌、知性と雄弁の持ち主でありながら文字を使わず極めて勇猛。共通の言語を喋りつつも、部族単位での暮らしにこだわり、国家を形成することはついになかった。
こんな民族が冷徹なローマの“組織”とまともにぶつかり、紀元前1世紀にはローマ帝国に征服され、ケルトは古来の言葉も文化も急速に失われた。幻の民となったかに見えたケルト。
しかし現代になってもケルトの末裔を称する国がひとつだけあった。
それがアイルランド。
ローマ帝国の長い手もこの西の辺境の島までは届かず、ゲール語をはじめとするケルトの文化、精神を現代に保ち伝えることが出来た。
そのケルトに会いたくて今回、昨年末よりアイルランドを中心に、前回ロマネスクを見残したローマ、フランスピレネー地方、そしてスコットランド、ロンドンを経由して回って来た。
左記地図に記す。そして参考と思われるところを私見を含め以下に記してみたいと思う
。
アイルランドの自然
ゆるやかな丘の続く自然の地形なりの畑や牧草地の豊かな緑。
そんな風景の中に点々と見えかくれする村々。
教会の塔が愛らしい。
フランスロマネスクの風景である。
美しい。
そうは思いながら、目本の自然を思う。豊かな木々、水面をたたえながら段々と広がる棚田。
こんな以前にはあたり前の風景も今では少なくなったが、それにもまして本当に日本の緑は豊かであり、美しい。贅沢な感さえ覚える。
フランスの田園風景のただ中にいながら、至極自分が東洋人であることを感ずる。
アイルランド。 ダブリンの町を出る。緑のじゅうたん。風が強いのと、天気がめまぐるしく変わるのを除けばフランスの田園風景と同じように思えた。
しかし車で進めば進むほど、よく見ると木らしい木は生えておらず、はかなげに緑がはげている所は石灰岩の岩盤があらわれている。これは尋常ではない。
比較的肥沃な地に「タラの丘」はある。島国でありながら、その広さと開放感には圧倒される。
アイルランド系アメリカ人、マーガレットミッチェルが小説「風と共に去りぬ」の最後のシーンで、主人公スカーレット・オハラに「タラヘ」と言わせしめたアイルランド人の心のふるさとであり、ケルトの聖地である。
日本人の私でさえも、その丘の上に身を置けば、大地を感じ、その風景は心にきざみつけられる。
石垣“土をつくる”
アイルランドを西へと進む。
高さ1メートル程の石垣が、道の両側といわず牧草地を縦横に延びる。牧草地、洋芝とクローバーである。時々ポツンとゴールが建ててあれば、そこがサッカー場となる。
日本の公園の芝と違い、こちらでは芝は牧草であり、特別な存在ではなく雑草なのである。限られた肥沃な地域を除いて、畑はほとんど見あたらない。この石垣、島の西へ行く程間隔がせばまり、密度が高くなる。
専らの土地の境界や牧畜の柵の役目もあるが、さらに白然のきびしい地域ではなんとわずかに“作った土”を飛ばされないための風よけの役目もはたす。
この辺の事情は1934年のドキュメンタリー映画の古典といわれているフラハティー監督の「MAN OF ARAN」に詳しい。アランとはアイルランド本島のさらに西、小さな島々の名称である。
岩盤をハンマーで砕き、妻は本土から飛ばされて岩の裂け目や窪みにたまった土を手でかき集める。嵐の後、海岸に打ち上げられた海藻を家族総出で運び、これらと混ぜ合わせ“土をつくる”。
ジャガイモを作る畑までいかなくとも、牧草が表面を覆う。
こうした昔ながらの生活は、近代が進んだ現在でも一部で行われているそうである。
アイルランドは文字通りケルト人の手で作った国なのだ。
石の文化
紀元前600年頃から、ケルト民族は波状的にアイルランドに侵入してきた。
ヨーロッパ大陸からの言語や文化を先住民に押しつけたと言われる中で、引き継いだ慣習もあった。優れた埋葬様式に関わる石の文化がその一つである。
ケルトの人々は石の圧倒的な存在感と神聖さを直感的につかみとり、自らの文化の中に守り育てたといえよう。
ヨーロッパ大陸のロマネスク時代の彫刻が建築と一体となっているのに対して、ケルトは先史の巨石モニュメントである野外の「立石」そのものに、決して静的ではない互いに中心をずらしながらの渦巻きやその他の図像、象徴を刻み込んだのである。
風雨にさらされながらも大地に根をはったように立つ文様が施された立石の遺跡のいくつかを目の前にすると、その迫力とともに人知を越えた普遍的な神秘的な力を感ずる。
ここで忘れてならないのが石積造における労働の意味である。ローマ時代には奴隷の豊富な労働力を利用し、巨大な石材を自由に用いた。つなぎの石灰は用いる必要はない。
中世の場合は奴隷による組織的な労働力はなく、建設現場のスケールは自然小さくなった。
石は原則として人間が運べる程度のものである。当然それを石灰、漆喰でつながなければならない。石灰は重要な意味を持つ。
ローマの石灰は極めて良質だが、中世の現地で石灰岩を焼成、沸化したそれは粗悪でもろい。
言わばローマに比べ、ある意味では材料、構法の稚拙な中世の聖堂は、しかしながらその石の一つ一つを民衆の手で少なくとも自らの意志で積み上げて出来ているのである。
しかも現代でいう実用的な意味のない、祈りの空間のためにである。
石に対する畏敬の念にもまして、中世の石積造に無条件の美しさを感ずる。
ケルト修道院
世俗から離れ、禁欲と苦行により救いを得ようとする修道の道は、洋の東西を問わず宗教上の現象であろう。
キリスト教の場合も4世紀エジプトに修道制の2つの祖型がみられるといわれる。
完全な孤立的な行き方を取る隠修士(ハーミット)とよばれる修遺制と、各々個別的な生活を送るが、共同の修道日課に従って生活する集団的な生き方、共住制(シーノバイト)の2つであり、ともに広まっていくことになる。
聖パトリックによってアイルランドにキリスト教がもたらされたのが432年、土着のケルト社会の自然信仰との融合を計りながらの布教により、ケルトの氏族社会は修道院を中心とする共同体へと変わっていった。
たしかにそれはローマ教会のシステムとはずいぶん違っていたようである。
まず教会よりも修道の場としての修道院が中心だったこと。ピラミッド型のローマ教会と違い、各教区を統括する首位司教がおらず、各々の修道院長を頭にあちこちで信仰による家族的集落をつくった。
大きな建物の中に人がたくさん住んでいるのではなく、囲いの中に礼拝堂、食堂、学校、写本工房、それに蜂の巣状僧坊(ビーハイブハット)など、いずれも小さな建物がぽっぽつとあり、まわりには墓地が広がっている。
8世紀の「モリングの書」は聖モリング創設の修道院共同体の平面図をその最後の頁に付している。
そして、エジプトの砂漠の修道士とならび称された「エグザイル」精神−自らを故国から追放する精神−のケルト修道院士の禁欲主義的な修行は、その自然環境から触発されたのか、時としてなぜこんな所にと思われるような絶海の孤島に洞窟のような修道所を生み出すことにもなる。
いずれにしてもそれらが大陸へとキリスト教の逆輸入の形となり、国外からも「聖人の島」と称されるようになる。
具象的なさし絵を使わない文字等を抽象化、装飾化した独特のケルト系聖書の写本が生まれたのも、これら修道院からである。
素
材
修道院の諸建物は、この地方の民家を見る限り、少なくとも屋根は木造が多かったであろうと思われる。
それらは消え、今残っているものは全て石造である。
石は主として石灰岩、砂岩、片岩、小石が混じったような人工的と思われる堆積岩風等であり、必要な所に花岡岩も使われている。
もう一つ重要な材料は、前述よりの石灰である。
主に石積造の石と石の問の目地材となっている。風雨の強い地方の遺跡の外部には目地材を使用した形跡のほとんどないものもあるが、基本的には内外とも石灰の目地材で固めながら築いたと思われる。
石灰岩の豊富な土地柄、おそらく生石灰をその場で沸化してそれに砂や土、砂利類を混ぜ使用したものと思われる。
前述のようにローマの石灰はドロマイト系の良質のもので、フランスやアイルランドの石灰は粗悪なものが多く、もろい。各所の遺跡では色セメントで補修してある所も多かった。
しかし、石灰と石との付着力の強さは想像以上と思われる。
バイキングによって崩されたまるで大きな石のような石積造のかたまりを見ると、石と石灰との関係はどうしても何か表面的以上に計り知れない深いものがあるように思え、近代の強度追及の結果出来たセメントではどうしても換わることの出来ない部分があるのではと思えてならない。
内部空間
アイルランドの西部のガララス礼拝堂は、修道院内の礼拝堂石積み建築の特長を現在にとどめている数少ない道跡の一つである。
舟底の天井、奥行約4.5メートルという狭さに小さな開口窓が一つ。限りなく個室に近い礼拝堂である。この種で円形のプランを特つものもあり、人と人とが集う独特の極限空間である。
その狭さ、小ささ、暗さはどこか日本の茶室をも思わせる。
違うのは日本のその壁はそれが主というよりか、外部周囲のアイルランドとは違うあくまでおだやかな自然を感じさせる「囲い」という装置であるという点であろうか。
一般に集会所、あるいは聖堂としての「機能的な面」は概略的に言えば床面の形、大きさすなわち平面構造を大きく規定する。
これに対し天井を含め垂直方向の各部は、どちらかと言えば「情緒的な面」を色濃く反映する傾向が大と思われる。
人が聖堂を外から見る時も内に入って見る時も、視線は床よりも上方に注がれるゆえんであろう。特に天井を石造にするということはいずれにせよ構造的に重力に逆らった非常に難しい方法であり、無理をした構造と言えるが、それだけにそこには単なる機能的なものを越えた強い意志、精神的なものを強く感ずる。
ケルト修道院の諸建物は、大陸のロマネスクよりはずいぷんと前の時代にその起源ははっきりとはわからないが、天井も石積みとした完成度の高いシンプルな空間となっている。
その構法上、造形上の関連は直接にはなさそうにも思えるが、もともと空間造形とは抽象的なものであり、もちろんロマネスクにおいては多民族間の多くの疸跡を見い出すことが出来るが、期せずしてケルト、ゲルマン的なものが時代、場所を越え両者の中に色濃く脈々と流れているかのように大陸のロマネスク聖堂と相通ずるものをその彫刻だけにでなく感ずるのは、その空間の静かで強く、包み込むような神秘性のためであろうか。
いずれにしても人と空間とは常に一対一の関係なのであろう。
円塔(ラウンドタワー
)
ほとんどの修道院の敷地の中に円塔が建っている。円塔というとそれは単に円形の断面を持つ塔を示すにすぎないから、その意昧での円塔ならば世界いたる所にあるといってさしつかえないかも知れない。
しかし、アイルランドの円塔は独特のものである。まず独立して建っているということ。一般にその輪郭は円形で、上へ行くほどわずかに直径が小さくなり、かつ先端に円錐形の塔蓋を戴くきわめて平凡なものであり、おそらく多種多様の塔建築の中でも最も単純素朴なものという感じを起こさせるであろう。
その壁面は、たいがいその付近で集められた自然の粗石をそのまま、ほとんど何の加工もせず積み重ね、粗悪な漆喰で固めたものである。
鐘楼、望楼、標識塔、そして人目が高い所に設けてあるところにより外的に対する強固な抵抗の場所として使用されたといわれる。梁穴の遺存によって場内に本床張りが存在していたといわれ、窓は各所違う3方向に一つずつ、最上階には東西南北の四方に一つずつ計4個設けられているのが原則的である。
塔とはその機能的目的もあるが、太古以来精神的な部分のあらわれが強いものと思われる。
大陸のロマネスクの塔も美しいが、アイルランドの塔はその起源のはっきりしていない点も多いが、概して大陸のそれよりも古く、その美しさは格別である。
一説にキリスト教修道院と共に築かれたといわれるこの美しい塔を前にして、なぜか前述の究極の礼拝堂内部空間と、一対の同質の精神を強く感ずるのは、はたしてその素材のせいだけであろうか。グレンダロッホの聖ケヴィン教会堂は、円塔が合体したアイルランドでは非常に珍しい建物で興味深い。
ケルト十字架
円環とドッキングした、これまた独特の形の十字架を「ケルト十字架」という。人の背丈をはるかに越えるものも多い(ハイクロス)。およそ8世紀に入り発達をとげたと言われるが、それ以前にも立石、石碑の類は存在している。巨石崇拝を引き継いだ古代ケルトでは、大地から生えたような「石」そのものへの信仰があった。およそ傑刑のイメージの希薄なケルト十字架の林立する風景を前にすると、
アイルランドの中世のキリスト教時代にも引き継がれたケルト人の石に対する恐れや、敬い、思いを強く感ずる。すみずみまで施された、ケルト人特有の緻密な渦巻きや組紐の動的な線刻模様。不安をさらに突きぬけたような怪しさ。そう、ケルト人は生きている喜びや不安というものを誰よりも強く知っているのではないか。そう思うのは現代人である自分だけであろうか。そしてさらに長い間見入り、身を任そうとすると、言いようのない心地良さが横切る。いや、それはその十字架の背景に見え隠れする豊かな緑のひろがりのせいかもしれない。この十字架、もともとは修道院内ではエリア分け、魔よけとして東西南北に立てたりしたものらしいが、やがて町の広場や村の辻等で人を集めて説教をする場にも置かれるようになったらしい。
共同体と個人
ヨーロッパ大陸のロマネスク様式の特長である内部空間における石造の天蓋、及び塔をその外部空間にそなえていること等は、アイルランドのケルト修道院でも時代がもっと前にもかかわらず同じ形式の特色を持つことは前述の通りである。いやそれは見方によってはケルト修道院の方が単純で、純粋、言わば独特な理想的な造形を作り上げたとも言えよう。それは大陸より追われながらも結果的にアイルランドという島に、単一民族に近い形で残されたためなのかもしれない。いずれにしても両者とも定形のない新しい祈りの空間の創造という点では共通していよう。 そして、どうしても触れなくてはならないものがある。きびしくもあたたかな自らの作り上げた理想的な共同体というものの存在にもかかわらず、なぜわざわざこのような厳しいところで修行をと言わしめる精神。故国を離れて異郷を放浪。完全な孤独の中で真の修行とする精神。しかし、それこそが逆に大陸へと布教されるようになったわけだが、共同体からも許される、いや共同体というものをリードするとぎすまされた個人の創造的精神。それはアイルランドの厳しくも美しい魅力的な風土と切っても切り離せないものなのかもしれない。
まとめ
日本に戻り気付いたことを記してまとめとしたい。 まず、石積造のすばらしさである。ケルト、古代よりの石に対する思い、いやその単純に石を積むという行為ゆえか、その美しさは想像以上である。もちろんその目地材としての石灰の重要性は言うに及ばぬが、ともかく石積の精神的力は愛しささえ感ずる。地震国である日本では、それが原因か定かではないが、所詮なじみの薄い構法、素材と言えよう。しかし、それにもかかわらず、その美しさは万国共通のものであり、少なくとも日本においてもそれを無視する必要はなかろう。
ヨーロッパ、アイルランドと回って強く感じたのは、日本の自然の豊かさである。比べてみてわかることであるが、無条件にすばらしいということ。平凡ではあるが、限られた自分達のささやかな自然や歴史、伝統を大切にするべきであると思う。
最後に思うのは、アイルランドにおけるケルト修道士精神。同質のものは建築様式だけでなくケルトの生活、文化にも表れていると思われる。これは決してケルトばかりでなく、なにしろ共同体としての成熟度の高さ。どんな状況下においても「個」の自主性を重視する共同体、常に「共同体」と「個」との理想的な関係というものを真摯に探求し続けている姿を感ずる。そして「自然」との関係をも。これは建築以外にも、いやそれ以上に現代の重要な課題に思える。 以上、最後に同行した諸氏、協力していただいた方々、無事に回れ、このような機会をいただいたことに深く感謝して終わりにしたいと思う。
WORKS
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土壁建築
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素材・デザイン
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籐巻きの手摺
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発注者の声
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地域活動・講演
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資料請求
TOP
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初めての方へ
/
プロフィール
/
ロマネスクの旅
/
ケルトへの旅
/
素材の本質の中に
/
お問い合わせ
CASA DE ATRIO建築日誌より
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心豊かな和室のある暮らし
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建築と四季の草花との重要性
お茶室のある暮らし
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土壁と自然石乱張り
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室内の漆喰壁
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チョーナ削りの丸太、あらわし天井の室内
籐を巻いたこだわりの手摺
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土壁調和のレンガ:目地ですべてが決まる
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窓辺のプランターボックス
室内床のフレンチパイン無垢板張り
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プライバシーポリシー
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