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―ヒューマニズムの限界― |
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現在の問題
現代、問題視されている環境問題、酸性雨、異常気象、洪水、砂漠化、森林破壊、水問題、資源問題、これらは、全てここにきて、人間が引き起こした問題である、とは「不都合の真実」として現在広く知られるようになってきたようである。環境問題とは何ら関係ないと思われていたエイズ問題もまた、もともと環境破壊が原因で、人災であることがわかったという。
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![]() 世界経済と人口、食糧、環境の予想図 《自然破壊を激化させる大量生産・大量消費》
自然の中から生まれ自然と共に生きてきた人間が、今やその自然を、いわば育ててくれた「親」を食いものにし、ゴミ捨て場にする大群として、歴史上に登場したことになる。すねかじりの大群である。自然とは別のサイクルの「人間系の閉じた社会」の完成である。その中では「あいまいなもの」は許されず、その系の維持、・そしてその系の確固たる目的にあった性能の追求が賛美される。 |
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《価値の転換》 私には、今まで述べてきたような問題をとり上げるだけの知識も資格も無いということは、よくわかっているが、どうしても社会の価値観というようなものに少なからず関与する、建築設計という仕事上、避けて通ることのできぬ問題であり、稿を進めることをお許し願いたい。しいて言えば、自分で自分の建築的倫理観を問う姿と思っていただければと思う。しかしまた、そうすることが免罪符とならぬように。 「照葉樹林文化」という言葉がある。日本の文化の基礎が、シイやカシといった照葉樹林(常緑広葉樹中心の森)が広がる南西日本の縄文時代にあるという考えである。しかし、遺跡の数からもわかるとおり、かつての縄文文化の中心は東日本であった。落葉広葉樹である「ブナ」を中心とした「ブナ帯文化」である。 いずれにしても、縄文もケルトも追われるように消えていく。いや、とって代わられるといった方が適切かもしれない。西欧ではそれを悔いる(?)ようにロマネスク教会が残る。日本の豊かな「自然」の中に、また西欧の乾いた石積の空間に、脈々と流れる共通した美しさを感ずるのは私だけであろうか? それにしても、縄文の、いやブナの森は明るい! そして美しい!かつては敗者となったブナの縄文。その明るさを本当に愛しいと思えるのは、一度は日本で同じ敗者でもあった、薄暗い照葉の森の魂だけからかもしれない。ちょうど「茶の湯」の作法のように……。 |
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![]() 照葉樹林帯の森、宮崎県綾町。 2006年10月 |
![]() 2006年10月。ブナの森。同じ時期の照葉樹林の森との比較 |
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現代の環境破壊が、現代の人間の作り出した文明の結果であり、しからばその理想像を江戸の循環型経済に、いや農耕社会以前の縄文に、遠くケルトに、またそれ以前のアニミズムに求めるという考え。それは、生産力と人口の問題、社会構成の問題等、過去を参照にはできても、後戻りはできない。後戻りできるくらいなら、環境問題は起らないのである。今の文明を否定してしまえば、解決するという考えは、今、現代を生きている以上無理なことといえよう。それでは、現代の文明を認めながらの循環社会ということになるのだが……。 かつて人類は、自らの居場所がいろいろな意味で限界に達し、そこでの延命が不可能であると判断した時、集団で移動した。遠く縄文人しかり、はるかケルト人しかり。だが今日、もはやどこにも移動すべきフロンティアは残されていない。人類は宇宙船地球号から、もはや逃げ出すことはできないのである。「どこかにある」ではなく、「ここにしかない……」と。「いつかある」ではなく、「今でしかない……」と。代替品、代替地はないという考え。理想? あるとしてもそれは、今、ここにという考えでしか存在できないということ。そう、かけがえのない今、ここ。 人類が現在保有する核爆弾の、何万倍もの破壊力を持った隕石の衝突で、地上の大部分の生物が死に絶えても、今日のような生態系を創造するだけの力を持っている地球。地球を守るという考え自体が、人間中心主義から生まれたものであり、人間は地球にとって新参者であり、自然の片隅に、自然によってかろうじて存在が許された生物なのであるということを「自覚」すること。そして、個々人の物質的欲求や、幸福の追求から出発する価値観から、地球生態系の「美」を規範とする価値観への転換。それは、人間がいない方が良いというのではなく、つまり人間が、自然生態系の循環にとって重要な一部に、そして必要な存在になることが求められ、問われることになるのであろうということである。 要は、地球に負荷を極力与えないという考え方が求められよう。縮小。循環。やはり、循環以外は一時しのぎということかもしれないが、いずれにしろ、負荷を与えないということが急務ではないのか。科学技術も、もちろんその負荷の軽減のためにというごとになろう。と同時に、人間は地球にとって潤滑油という脇役になるという考えも必要なことと思われる。ヒトとしての英知と感性の総力をそこに向けること。同時に、労働の意味も喜びも、そこに存在することとなるのではないか。あくまで自然の恵みの中で。 また、このようなことを書くことをどうぞお許し願いたい。しかし、自分はそのような体験でしか、「その実感」を感じ、そして伝えることしか出来ないのである。どう思われようとご勘弁下さい。
建築に限らず、車、橋等工作物といわれる全てのものには、いくつかの機能が含まれているといわれる。「実用的機能」「物理的構造的機能」「情緒的機能」「地域文化的機能」等、そして、そこに前述からの「地球自然環境的機能」とでもいうべきものの考慮急務というのが、提言の別のかたちにもなっているのだが。ここでは、それと同時に「情緒的機能」の重要性について述べてみたいと思う。 かつて、パリの街の、白壁の美を追求した画家は、絵の具にその壁材そのものを混ぜ、壁を荒塗りするようにパレットナイフでキャンバスに塗り込め、描いたという。それでしか表現出来なかったのであろう。自分の内にあり、自分ではどうすることもできない実感、人が生きているという実感、生きていることを祝福、肯定される実感、喜び、感動のかえがたい担い手として「自然の素材」があろう。どんな感情、精神も物質、いやその素材を介してでしか伝えることが出来ないのではないのか。知を迂回することなく。手法、人工もそのためのものとなろう。 |
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![]() 建物の「素材感」。フランス ・オーヴェルニュ地方 |
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前略……なぜ、このようにかつての民家は、建築の過程がその都度都度美しいのか? 棟上げの木組みが美しく、木舞を掻き終えた壁の姿が美しく、塗ったばかりの泥の濡れ色が美しく、乾いていく泥壁の風情がいとおしく。たぶん、それは民家をつくっている建築の素材が、いわゆる建材ではないというところから来ているのではなかろうか。かつて、民家に使われた建築素材は、木であり、竹であり、革であり、泥であり、石であり、砂や砂利であり、稲藁であり、棕櫚縄であり、ほとんど現地で見い出される無償のものだ。無償であるとは、ほんらいなにもののためにあるのでもなく、そのもの白身としてあるものだということだ。樹は、柱や板になろうとして生えたわけではないし、砂利はコンクリートの骨材になるために存在するわけではない。建材というのは、セメントにあれ、プラスチックにあれ、合板にあれ、ガラスにあれ、アルミにあれ、メタルにあれ、あらかじめ建材としての意味を与えられ作り出されたものであって、無償の存在とはいえない。それら、そのあらかじめ与えられた意味以上でも以下でもない存在としてありつづけるだけだ。 そういう意味で、かつての民家を成り立たせてきた自然の素材は、柱になったり、壁になったり、屋根になって建材の一部になっているにしても、建材以上のものだ。いつでも、ほんらいの無償の存在に帰ろうとしているのだから。ゆるやかに時を刻みながら、木は腐蝕し、泥壁は水和し風化し粘土化していくのだ。 たぶん、建築に美しさやいとおしさを感じるとしたら、それはその建材の中に含まれている無償性によってであろう。その建築にどれだけの無償の存在が含まれているかによって、その分だけいとおしさや美しさを感じるのではなかろうか。無償性とは、いいかえれば自然との連続性ということであり、建築の無償性もまたしかりなのだ。 (「左官礼賛」小林澄夫著) |
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![]() 素材の無償性、浅葱土 ― 自然との連続性 ― |
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《旅人の住む街》 かつて、人は自然の中で生き、土と共に生活していた。死の恐怖と一心同体であったが、生きていることそのものをいとおしいと強く感じていたことも確かであろう。そして、「まつり」があった。自然をふるさとに想い、常に「旅」をしている人間の、無条件の営みであったのであろう。 《楽しい街》 街の本質とは何か? 集まって住むことの意味は? 街に住む、いや住まざるを得ない上で、決して避けて通れぬ問題である。ただ言えることは、自然を無視した人間だけの完結した街、いや社会は、それこそ便利で楽しいかもしれぬが、人間の、自然をふるさとに持つ旅人としてのストレスはどうなるのであろうか。自然とは別のサイクルの、人間系の閉じた社会、それは人間の営みの中でのみ生まれた目的のはっきりとした建材と同じで、「生きて」いく上では、そこそこ申し分はないが、いや今ではそのそこそこさえもままならぬ程と思われるが、「本当に生きているという実感」をそこに感ずることが、はたして出来るのであろうか。本当に「楽しい街」になり得るのだろうか? |
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![]() 石積みのロマネスク教会。フランスブルゴーニュ地方 |
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